《Slice of Spice》ライフスタイル

《Slice of Spice》2月といえばわたしはインドのはず

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Namasteです。ブログのコンセプトやトップデザインを一新しました〜Ashaです!
ヨガを始めてから、その哲学に魅了されて自分自身のこともその哲学や教えをベースに考えるようになり、「Sattva*」という言葉と概念に惹かれていました。
想いを綴るわたしも、読んでくださるひとも、皆Sattvaな心で居られる場所でありたいと願い、Sattva Placeと名付けました。
(目指せ、ブログ界のセサミストリート!!←ただの場所名繋がり)

*Sattva(サットヴァ)とは、インドヨガ哲学で考えられている、世界を構成する3つの性質「Sattva」「Rajas」「Tamas」のうちのひとつ。Sattvaは安定した純質。Rajasは動質。Tamasは鈍質。心もこの3つの性質で出来ているのです。

もう2月も半ば。皆さんお気付きかもしれませんがわたしは日本に居ます。
この2年間、会社にワガママを言って2月はインド(+ネパール)に3週間旅に出ていました。今年もそうであれば、今頃カトマンズかバラナシに居る頃なのです。

結論として、今年のインド行きはヨガの学びにもしたく、その学習に1ヶ月必要なのですが有給がここに来て足りなかった、という訳です。笑(会社員の定め哉)
あと、今年はマハクンブメーラーでわたしの故郷バラナシが大変なことになっているので(いつものゲストハウスも馬鹿高い)
サドゥババジ大フィーバーが落ち着くまで待とう…というのも重なりまして。
144年に一度の浄化祭り(表現がひどいw)だもん、そりゃホーリープレイスは大変なことになるわ。。

昨年に上司に今年のインド行きを相談して、欠勤も(当たり前ですが)使ってもダメ、と言われた際
これまでのわたしだったら、部屋の壁を叩き割って(笑)、感情剥き出しにして何としてでもインド行きを決行しようと騒いだと思うんです。
だけど、なんとなくヨガ哲学を理解し始めたりヨガの実践を続けて来た頃だったので「そういう巡り合わせなのかな」と執着せず、行ける時を待つ気持ちになりました。
ある程度計画はするけど、自然な流れでインドに呼ばれる時を待つ。

「インドに居ないとわたしは幸せになれない」
そう思い込んで日本で病んでいた自分からしたらびっくりな変化。
きっと、わたしを幸せにするのはインドだけではない、ということを少しずつ分かり始めたのでしょう。Om tat sat.
ひとつ、わたし個人にとって大きなものをアパリグラハ(執着を手放すこと)しました。

そんなアパリグラハと同時に、面白いことにインドもわたしを手放してきました。
どちらかと言うと追放?に近いけど(笑)約6年使ったプリペイドSIMと銀行口座が凍結されました。
これで、もうインドに行ってもpaytmも使えない。インドに住んでいた恩恵は消え失せて、普通の旅行者と同じ旅をすることになる。

これも、これまでの執着の私だったら泣き叫んで「愛するインドに捨てられた!!」とかなんとか暴れるのでしょうけど、、
そもそもインド生活を終えてからも3年機能してくれたSIMも口座も、ありがとう。わたしのインド生活だけでなく旅も支えてくれて、ありがとう。

インドだけに執着しなくなって、インドに住んでいた証や恩恵を失って
「そういうことなのだなぁ」とだけ思ったのでした。

ということで、今年はいつインドに行けるかまだよく分かりません。2025年2月は、3年ぶりに日本の極寒2月を体験しています。
というか、わたしの代わり?に、パニール太郎氏が逆に海外長期出張へ行っており、むしろわたしはお留守番(;ω;)ゥゥ…
2月はどちらかが日本に居ないという法則が我が家には回っているんでしょうか。笑
ひとりの部屋は寒いよ…昨年の冬と比べたら体重10kg減ったから、更に寒いよ…。

とはいえ、日本でひとりで居ても、ただただ存在する自分を幸せに思いケアする修行の最中。

今週はおばあちゃんが亡くなって気の巡りが悪くなったのか、身体も気持ちも屍みたいで
おばあちゃんを失った悲しみとこれまでの感謝にひたすら瞑想するしかないのだけど
毎日同じでは居られない自分、激しく変化する心に振り回されないように。
落ち込んだ私がずっと続く訳では無いから、前を向くことを忘れずに生活する。

身近な人が亡くなったので、バガヴァットギーター第8章を読みました。
次にインドへ行くまでに、バガヴァットギーターを通し読みしておきたいな(密かな目標✨)

👇わかりやすい解説も付いている、今大切に読んでいるギーターはこちらです。

👇聖典バガヴァットギーター、この時は難しくて挫折したけど、RYT200でベースを勉強した今ならものすごく心に沁みる。