《Slice of Spice》つぶやき・趣味

《Slice of Spice》今年は内観が大事とのことなので

Namasteです!すっかり春らしさも過ぎて夏に差し掛かった今日この頃。朝出るときはまだ涼しくて上着を着るかどうか毎日迷っているAshaです。

ここ何週間か、特に2月から一人の時間がかなり続いたのもあってか
色々なYouTubeチャンネルで哲学思想の知恵をいただくという趣味ができました。(すごい内向趣味。笑)
ヨガの資格の勉強をしているときも、知恵が大事!知恵を以て制す!と言われていたものの
「知恵」という言葉にピンと来なくて、賢くなること?ライフハック?と腑に落ちていなかったのですが
哲学思想を知ると、先人が残してくれた人間として生を受けたことの俯瞰した捉え方や、自分含む人間世界の大きな法則、そして自分の意識の本質や認識の癖に気付きを得られて
ただ生きているだけでは気付けなかったものにスポットライトを当てて意識できる神器が「知恵」なんだなあと少しわかってきたところです。

そんなこんなで、哲学を学んでいる中で
最近インドへの執着が取れたり、感じた怒りのまま騒がなくなったりしたのは
「エゴ(自我)と同化すること」を段々とやめられるようになったからかもしれない、と気付きました。

人間として生を受けただけで、皆不完全な存在だけど、この世界を体験しにきた価値ある存在。
こころは、この世界で綺麗なものを見て感動したり、素敵な人達と出会って楽しんだり
反対に怒りを覚えたり、憎しんでみたりする人生を味わう道具。
その道具で感じているものがあたかも本当の自分や存在価値のように思えてしまうけど、本当はそれは「自分」では無い。
「自分」は常にそのこころが映す感情たち(エゴ、自我)をただ眺めているんだよね。良いも悪いも判断せず、ただただこの世界の体験で生じた風情を眺めていていい存在なんだよね。

子供らしさが皆無だったという意味で無駄にしてしまった青春時代は、感情なんて持ちたくない、感情は殺して生きる、みたいなポリシーだったけど
本当はただ在るだけで良かった自分が繊細だからこそエゴと一体化していて
ポジティブになりたくて、むしろ嫌なものをどんどんフォーカスしてしまい飲み込まれて出て来れなかったんだろうなあ。

今やっと、感情との距離感を掴んだり、執着を手放すところまで持ってこられたので
あとは自分を自分で卑下したりさえしなければ楽に居られるのになあと、自分に寛ぐまで日々模索中です。
「自分に自信が無いという自信」があることが美しいほど矛盾していて正当性が無いぞ!自分!!

スピリチュアルみたいな会になっちゃったけど、笑
もしご興味があれば、わたしの気付きのキッカケにもなった動画も見てみてくださいませ👇